光岩院(こうがんいん)(奈良県橿原市曽我町519)
本堂裏手にあった五輪塔で、典型的な鎌倉時代後期の形式。墓地の総供養塔として造立されたものと思われる。
光岩院(こうがんいん)五輪塔 (鎌倉時代後期、花崗岩、高さ 277Cm)
風・空輪、一石からなり空輪は宝珠の形。やや大きい。 | ||
五輪塔は、本堂に向かって右側手前に立っている | 水輪、肩の張った壺型で、曲線が美しい。 |
五輪塔 火輪
軒口厚く、両端で力強い反りを見せる
もと本堂裏墓地にあったもので、火輪の強い軒反、水輪の壺型など典型的な鎌倉後期の様式。総供養塔として造立されたと思われる |
総供養塔として建立された五輪塔は、奈良市の忍辱山墓地五輪塔(元亨元年 1321年)や木津川市の木津惣墓五輪塔(正応五年 1292年)、大蔵墓地五輪塔(鎌倉時代
後期)などがある。前方に明和元年(江戸時代中期 1764年)の石標が建っているが、五輪塔は江戸時代の形式ではなく本五輪塔とは直接的な関係はないものと思われる。
五輪塔 地輪
背がやや高く、四面とも無地で刻銘や梵字は刻まれていない
光岩院(こうがんいん)(浄土宗)
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*JR桜井線「金橋駅」下車、徒歩 東方向へへ約14分。「奈良県史7 石造美術」で、紹介されている橿原市曽我町の光専寺五輪塔を目的に行ったが、光専寺に該当五輪塔はなく、同じ曽我町で光専寺より西に約100mの「光岩院」にあった。
(撮影:平成23年7月6日)