正福寺(しょうふくじ)阿弥陀一尊種子板碑

 正福寺(しょうふくじ)(東京都墨田区墨田2-6-20)

  板碑は、都内最古 鎌倉時代中期 宝治二年(1248)の在銘で、墨田区内 最大の大きさを誇る。

正福寺 阿弥陀一尊種子板碑(区登録文化財、鎌倉時代中期 宝治二年 1248年、緑泥片岩、高さ 116Cm 幅 46Cm)

門内、右手に立つ。頭部山形、下に二条線、身部は上方に阿弥陀如来の種子「キリーク」、下方に宝治二年(1248)の紀年銘を刻む

板碑 頂部

頭部は低い山形、下に二条線、額部は上下にやや広く、身部の輪郭はない。

身部上方

蓮華座は刻まず、直接、阿弥陀如来の種子「キリーク」を薬研彫する

身部下方、阿弥陀の種子の下に紀年銘を刻む 刻銘:「宝治二年(1248)、戊申、三月、三日」

身部下方の刻銘

身部下方中央に「宝治二年(1248)、干支 「戊」の下に「三月」、「申」の下に「三日」を刻む。

板碑、側・背面 板碑に刻まれている「宝治二年(1248)は、都内最古の在銘

板碑は、江戸時代に近隣の御前栽畑(ごぜんさいばたけ)から発掘されたものという。

 正福寺(しょうふくじ)阿弥陀三尊種子板碑(断碑)

正福寺阿弥陀三尊種子板碑(断碑)、阿弥陀の種子「キリーク」の上半部から上、及び観音・勢至の種子を残し下部を決失する

 正福寺(しょうふくじ)阿弥陀石仏

正福寺(しょうふくじ)阿弥陀石仏(区登録文化財、江戸時代前期 万治四年 1661年、高さ 176Cm )

蓮華座上に立ち、来迎印を結ぶ阿弥陀如来を厚肉彫りする 光背部に萬治四年(1661)三月の紀年銘と約七十名の人名を刻む

光背部に刻まれた約七十名の人名は、ほとんどが女性名であるところから女性中心の念仏講衆の造立と考えられている。

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正福寺(しょうふくじ)(真言宗智山派)

 板碑(いたび)                                     石  仏-紀年順-目次

*東武スカイツリーライン 「鐘ヶ淵駅」下車 、西方向へ 徒歩 約4分。

(撮影:平成24年4月25日)