宝積寺(ほうしゃくじ)三重塔(京都府乙訓郡大山崎町字大山崎小字銭原1)

   天王山中腹にある真言宗智山派の寺院で宝寺(たからでら)と呼ばれている

宝積寺三重塔(重要文化財、桃山時代 慶長九年 1604年建立、本瓦葺、高さ19.5m)


三層部、組物は三手先、中備えは三間とも蓑束

二層部、三層部と同じ。組み高欄を付す

「秀吉一夜造りの塔」とも呼ばれ、山崎の合戦で亡くなった人を弔うため一夜で建立したという逸話が残っている

塔は亀腹の上に、高欄のない縁をめぐらし、中央間板唐戸、脇間連子窓、中備えは三間とも蓑束


二層部の軒が美しい(二軒繁垂木)

初層、朱塗りの軒が緑に映える。組物は三手先

宝積寺は、奈良時代 神亀四年(727)に聖武天皇の勅願寺として僧・行基が開創したと伝える

長徳年間(995〜999)に寂照が中興し、室町時代初期には寺運は大いに盛りあがった

初層、四隅の鬼瓦

塔の内部は四天柱、来迎壁があり須弥壇を設け大日如来を安置する


二層の本瓦葺屋根

初層の縁側

塔は、室町時代の和様復古調を踏襲して建てられた

山崎の合戦の折には羽柴秀吉が一時この寺を陣所とし、合戦後も山崎城の一部として利用されたと伝える

三重塔は、昭和43年(1968)の解体大修理で整備され丹塗りの美しい塔が再現された  

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仁王門(金剛力士像は桃山時代の重要文化財)

宝積寺本堂

 右の九重石塔(町指定文化財)は、元は五重であったといわれている

*JR山崎駅下車、天王山方向に急な坂道を登る。徒歩約15分。

(平成18年1月3日撮影分を大幅追加)