稲葉崎(いなばさき)一尊種子自然石塔婆

 稲葉崎(いなばさき)一尊種子自然石塔婆(鹿児島県姶良郡湧水町稲葉崎)

  黄金塔の向かって左側背部の石塔婆群に立つ二基で、道性・妙性 夫妻の逆修三年相当供養として造立された。南北朝時代前期 建武三年(1336)の銘がある。

稲葉崎 一尊種子自然石塔婆 (県指定史跡、南北朝時代前期 建武三年 1336年、凝灰岩、高さ 146Cm)

二基の板碑は、夫妻の逆修供養塔で、刻まれた年月が同じ。二基で、一組になっている。

 稲葉崎 阿閦一尊種子 自然石塔婆 (夫・沙弥 道性)

  向かって右側の板碑で、夫・道性の逆修三年相当供養として造立された。南北朝時代前期 建武三年(1336)の紀年銘がある。

稲葉崎 一尊種子自然石塔婆(道性塔) (県指定史跡、南北朝時代前期 建武三年 1336年、凝灰岩、高さ 145Cm 下幅 45Cm)

自然石の前面を平らにし、上方に阿閦如来の種子、その下に法華経方便品と卒塔婆開眼の偈、その下に造立趣旨・紀年銘を刻む。

法華経方便品卒塔婆開眼の偈(げ)

八行五字詰めに罫を引き、四行を法華経 方便品に出る偈(げ)、次の四行に卒塔婆開眼の偈(げ)を刻む。

偈(げ):「諸法従本来(しょほうじゅうほんらい)常自寂滅相(じょうじじゃくめつそう)、仏子行道已(ぶっしぎょうどうい) 来世得作仏(らいせいとくさぶつ

[ 諸法はもとよりこのかた、常に自ら寂滅の相なり、仏子(仏弟子)は道を行じ終われば、来世に仏となることを得ん ]

偈(げ):「一見卒塔婆(いっけんそとば)、永離三悪道(ようりさんなくどう)、何况造立者(がきょうぞうりゅうしゃ)、必生安楽国(ひっしょうあんらくこく)

[ 一たび卒塔婆(塔)をみれば、永く三悪道(餓鬼・畜生・地獄)を離れられる。何ぞいわんや塔を造立するものは、必ず安楽国に生まれることができる ]

上方に刻まれた阿閦(あしゅく )如来の種子「ウーン」 石塔婆の下方は、二つの偈、造立趣旨・紀年銘を刻む

板碑、最下部の刻銘(造立趣旨・紀年銘)

両側、各三行、刻銘:「右志者為逆修善根、卒塔婆者大日如来法身、功徳荘厳妙理

沙弥道性、後生善所、証大菩提、乃至法界衆生平等利益也、仍造立如件」

中央に「建武三秊(1336)十月上旬、第三年相当敬白と刻む

(建武三年(1336)十月上旬、自らの逆修三年相当にあたり、後生の善所を願って、この卒塔婆を造立した。)

 稲葉崎(いなばさき)種子自然石塔婆 (妻・比丘尼 妙性)

  向かって左側の板碑で、妻・妙性の逆修三年相当供養として造立された。夫・道性と同じ南北朝時代前期 建武三年(1336)の紀年銘がある。

稲葉崎 種子自然石塔婆(妙性塔)(県指定史跡、南北朝時代前期 建武三年 1336年、凝灰岩、高さ 146Cm 下幅 36Cm)

正面と左右の三面に、大きく種子を刻む。正面は、上から愛染明王の種子、法華経提婆達多品に出る偈、造立趣旨・紀年銘を刻む。

法華経 提婆達多(だいばだった)品 第十二に出る偈(げ)

八行五字詰めに罫を引き、偈(げ)を刻む。

偈(げ):「得受道記(とくじゅどうき)、無垢世界(むくせかい)六反震動(ろっぺんしんどう)、娑婆世界(しゃばせかい)

三千衆生(さんぜんしゅじょう)、発菩提心(ほつぼだいしん)、而得受記(にとくじゅき)、智積菩薩(ちしゃくぼさつ)

[ 記別(仏となることの予言)を受くることを得たり。無垢世界は、六反(ろっぺん)に振動し、この世の娑婆世界の三千衆生は、仏法の安定した地に住し、

その三千衆生は、菩提心を起こして、記別(仏となることの予言)を受くることを得たり。智積菩薩(と舎利弗、一切衆は女人成仏を論じていたが、これを見て沈黙した) ]

上方に刻まれた愛染明王種子「ウーン」 下方は、法華経提婆達多品に出る偈、造立趣旨・紀年銘を刻む

板碑、最下部の刻銘 (造立趣旨・紀年銘)

両側、各三行、刻銘:「夫以、比丘尼妙性之逆修善根、卒塔婆者、大日如来麻耶形、辺照金剛」

「身体五智五仏、所成為故、後生菩提乃至法界衆生平等利益也」

中央に「建武三秊(1336)十月旬敬、相当第三年上白と刻む

(建武三年(1336)十月、逆修三年相当にあたり、比丘尼 妙性の後生菩提を願って、この卒塔婆を造立した。)

妙性の塔婆に刻まれた偈や銘文は、妙性の深い教養を感じる 北面は、種子「キリーク」(「栗野町郷土誌」)

稲葉崎の道性・妙性の逆修塔は、三年相当・十三年相当逆修塔があるが、どちらも妙性(妻)の方が大きくて手の込んだ作りになっている。しかも、百か日相当

逆修塔は、妙性のものだけがあり、道性の百か日相当逆修塔はない。これは、妙性の方が信心深く、在俗出家者としての地位が上であったのではなかろうか?

南面は、阿閦如来の種子「ウーン」を縦に重ねて二文字刻み、西面は素面。上の「ウーン」の下側あたりで折れ、修理が施されている

  稲葉崎(いなばさき)供養塔群

稲葉崎(いなばさき)供養塔群 (県指定史跡、南北朝時代前期、凝灰岩)

角塔婆①から④の自然石塔婆までは、道性、妙性のどちらか、あるいは両者の逆修塔婆。

①は道性と妙性の名を刻んだ逆修塔、②は妙性の百か日相当 逆修供養塔として造立されている。

 稲葉崎(いなばさき)種子二連板碑                          石仏と石塔-目次!

稲葉崎(いなばさき)二尊種子板碑(黄金塔)(県指定史跡、南北朝時代前期 暦応二年 1339年)

黄金塔の向かって左側に、道性、妙性の、百か日・三年忌の逆修塔婆が立っている。三十三年忌はなく、この逆修十三年相当供養の黄金塔が最終となっている。

このことから、道性・妙性夫妻や家族にとって、この黄金塔は、夫妻の逆修供養塔として、総仕上げ的な意味があったと思われる。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 板碑(いたび)

*JR肥薩線 栗野駅前から南国交通バス 鹿児島空港行きに乗車、「稲葉崎上バス停」下車、北方向へ 徒歩 約3分。または、ふるさとバス(轟方面)に乗車「稲葉崎上バス停」下車。轟(とどろき)簡易郵便局の北側の山あたりが稲葉崎供養塔群。

(撮影:平成24年1月25日)