沢家墓地(さわけぼち)(鹿児島県霧島市隼人町神宮5-579-17)
墓地中央に三重石塔と五輪塔二基が立ち、その石塔を結界するように四方を小板碑で囲む。墓域の三重石塔及び石塔婆に鎌倉時代中期の紀年銘がある。
沢家墓地(さわけぼち)板碑群 (市指定文化財、鎌倉時代中期~南北朝時代、凝灰岩)
板碑群は四方に四十数基立ち、ほとんどが単碑で高さは70~90Cm弱、幅 30Cm前後。二連碑は四基ある。額部に刻まれた種子は二蓮碑の「オン」を除き、
全て金剛界大日の種子「バン」が刻まれている。身部の種子は、「バク」・「バイ」・「サ」・「カ」・「イ」・「アーンク」・「バン」・「カーン」等、多様な種子が刻まれている
沢家墓地(さわけぼち)石塔及び板碑配置図 (現地説明図 部分)
沢家墓地(さわけぼち)板碑群 南面
二連板碑、頭部は二つの山形で、下に二段の切込、額部は荘厳点のある「オン」とない「オン」を刻み、身部は釈迦如来の種子「バク」、観音の種子「サ」を刻む |
額部に刻まれた「オン」の種子は、ここでは金剛界大日如来と推定されている。他に阿弥陀曼荼羅中央尊の阿弥陀、理趣会曼荼羅中央尊の金剛薩埵として知られる。
沢家墓地(さわけぼち)板碑群 南面
墓地入口に三基ある石塔婆のすぐ後に並んで立っている。他の三面は、正面(種子面)が内向きにだが、南面は外向きに立っている。
二連 板碑
頭部は二つの山形で、下に二段の切込、額部は両方とも金剛界大日如来の種子「バン」、
身部は地蔵菩薩の種子「カ」と荘厳点のある金剛界大日如来の種子「バン」を夫々に刻む。
沢家墓地(さわけぼち)板碑群 西面
沢家墓地(さわけぼち)板碑群 西面(部分)
沢家墓地(さわけぼち)板碑群 西面 | 単碑、身部に毘沙門天(多聞天)の種子「バイ」を刻む。 |
沢家墓地(さわけぼち)板碑群 北面
沢家墓地(さわけぼち)板碑群 北面
北面の板碑群は、四面のなかで最も整っている。後方に近世の墓塔が四基立っている。
単碑、額部に「バン」、身部に不動明王の種子「カーン」を刻む。 | 単碑、額部に「バン」、身部に観音の種子「サ」を刻む。 |
頭部山形、下に二条の切込、額部の深さは1Cm位で金剛界大日の種子「バン」を刻む。身部の種子両側に「南無阿弥陀仏」の六字名号が墨書きされる。
二連 板碑
頭部は二つの山形で、下に二段の切込、額部は両方とも金剛界大日の種子「バン」を刻む
単碑、身部に胎蔵界大日如来(五点具足)の種子「アーンク」を刻む | 単碑、身部に薬師如来の種子「バイ」を刻む。 |
二基は、頭部山形、下に二条の切込、額部に金剛界大日の種子「バン」を刻む。身部の種子両側に「南無阿弥陀仏」の六字名号が墨書きされる。
沢家墓地(さわけぼち)板碑群 東面
沢家墓地(さわけぼち)板碑群 東面
単碑、身部に地蔵菩薩の種子「イ」を刻む。 | 単碑、身部に不動明王の種子「カーン」を刻む。 |
二基は、頭部山形、下に二条の切込、額部に金剛界大日の種子「バン」を刻む。身部種子両側に「南無阿弥陀仏」の六字名号が墨書きされている。
沢家墓地(さわけぼち) 全景
聖域を結界する古い石造物としては、大津市 小椋神社の瑞垣(正安二年 1300年)、土浦市 般若寺結界石(建長五年 1253年)がある。
*JR日豊本線 「隼人駅」下車、北東方向へ 徒歩 約18分。隼人駅前の県道473号線を北方向に道なりに行く。鹿児島神宮の赤い鳥居のある交差点を左手に見て、更に真直ぐ道なりに歩くと沢家墓地への案内標識がある。
(撮影:平成24年1月24日)