清浄光寺(しょうじょうこうじ)敵御方供養塔

 清浄光寺(しょうじょうこうじ)(遊行寺)(神奈川県藤沢市西富1-8-1)

   供養塔は、応永二十三年(1416)から翌年にかけて、関東公方 足利持氏に関東管領 上杉禅秀(氏憲)が背いて滅ぼされた際、戦死した敵・味方を供養する為に造立された。

清浄光寺 敵御方供養塔(国史跡、室町時代前期 応永二十五年 1418年、安山岩、高さ 149.5Cm)

東海道に面する東側入口内、左手に立つ。繰形座の上に立ち、頭部方錐形、下に二段の切込を四面に施し、正面のみに銘文を刻む。

供養塔 頭部

各面が板碑形をしている角塔婆で、頭部方錐形、下に二段の切込をつくる。側面は、正面に比べやや幅が狭い。

身部正面、上方の刻銘:「南無阿弥陀佛」 身部正面、下方の銘文

下方の銘文:「自應永廿三年十月六日平乱、至同廿四年、於在々所々、敵御方、為箭(矢)刀水火落命人畜亡魂、

皆悉往生浄土故也、過此塔婆之前僧俗、可有十念者也、応永廿五年(1418)十月六日」

上杉禅秀ぜんしゅう)の乱で死没した敵・味方を供養する為、応永二十五年(1418)に造立された角塔婆で、銘文の後半に、「亡くなった人間や家畜(軍馬)

の魂が、皆ことごとく浄土に往生せんが為の故也。この塔婆の前を通り過ぎる僧侶・俗人、十念(南無阿弥陀仏の名号を十回唱える)有るべきもの也」と刻

む。他の類例としては、高野山 高麗陣敵味方戦死者供養碑 森屋墓地(もりやぼち)五輪塔(寄手塚)森屋墓地(もりやぼち)五輪塔(身方塚)がある。

繰形座(くりがたざ)

敵御方供養塔、側面 敵御方供養塔、背面

正面以外の三面は、頭部二段の切込だけで、文字は刻まれていない。

この敵味方供養塔は、勝者 足利持氏が願主となり清浄光寺 遊行第十四代太空(たいくう)上人を導師として造立されたものと考えられている。

清浄光寺(しょうじょうこうじ)本堂(時宗 総本山)

清浄光寺は、遊行第四世吞海が当地地頭 俣野五郎景平の援助により、正中二年(1325)に創建された。

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清浄光寺 総門(冠木門)(江戸時代中期再建)

総門をくぐると参道に四十八段の石段(いろは坂)があり、弥陀四十八願にたとえて、四十八段と呼ばれている。

 角塔婆(かくとうば)

*JR東海道本線「藤沢駅」下車、北方向へ徒歩 約15分。

(撮影:平成24年11月7日)