大慈寺(だいじじ)宝篋印塔(双塔)

 大慈寺(だいじじ)(熊本県熊本市野田1-7-1)

   寺伝によれば二基の宝篋印塔は、寒厳禅師両親の供養塔として禅師が建立したといい、霊廟内 寒厳禅師墓塔の後方、瓦屋根の下に安置されている。

大慈寺(だいじじ)宝篋印塔 二基 (鎌倉時代後期 、花崗岩、高さ 174Cm)

 大慈寺(だいじじ)宝篋印塔 東塔(向かって右塔)

   宝篋印塔の基礎は、近江発祥の壇上積式で、側面に近江文様の三茎蓮・開蓮華が刻まれている。石材は花崗岩で、畿内の石工の作品と思われる。

大慈寺(だいじじ)宝篋印塔 (鎌倉時代後期 、花崗岩、高さ 174Cm)

近江でよく見られる形式の宝篋印塔。相輪は下から、伏鉢、請花、九輪で、九輪は八輪を残し上部の請花・宝珠を欠失する。

笠の段型は下二段、上六段、隅飾は二弧輪郭付で、直立に近い。

塔身 正面

四方仏の種子が刻まれていたかも知れない。目視では不明。

基  礎

基礎は壇上積式で、上端は二段、側面は格狭間内に宝瓶三茎蓮(正面部)・開蓮華(側面部)を陽刻する。

請 座

上端に蓮弁を刻み反花座とする

「九州の石塔 下巻(多田隈 豊秋 著)」によれば、この石塔は、熊本県指定文化財一覧に「永仁元年(1293)」の紀年銘があると記されているが今は見当たらないとある。

壇上積式基礎は近江が発祥の地で、遺存する壇上積式基礎を持つ宝篋印塔の最古銘が正安元年(1299)(北畑神社塔)で、開蓮華を刻む宝篋印塔の最古銘

正安元年(1299)(阿弥陀寺塔)である。もし本塔が永仁元年(1293)銘を有しておれば貴重な発見になるが、見た所鎌倉時代後期 中頃以降の作品に思える。・・

格狭間の形状も、永仁元年(1294)より時代が下がるものと思われる。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 大慈寺(だいじじ)宝篋印塔 西塔(向かって左塔)

   東塔と同形式の宝篋印塔で、笠の隅飾りに月輪を陽刻し梵字を刻んでいる箇所が東塔と異なる。

大慈寺(だいじじ)宝篋印塔 (鎌倉時代後期 、花崗岩、高さ 174Cm)

近江でよく見られる形式の宝篋印塔。相輪は下から、伏鉢、請花、九輪で、九輪は八輪を残し上部の請花・宝珠を欠失する。

笠の段型は下二段、上四段、隅飾は二弧輪郭付で、内に月輪を陽刻し梵字「ア」を陰刻する。

塔身 正面

四方仏の種子が刻まれていたかも知れない。目視では不明。

基  礎

基礎は壇上積式で、上端は二段、側面は格狭間内に宝瓶三茎蓮(正面部)・開蓮華(側面部)を陽刻する。

請 座

上端に蓮弁を刻み反花座とする

寒厳禅師 義尹(ぎいん)の墓塔と後方の宝篋印塔(西塔)

 旧 城泉寺(きゅうじょうせんじ)十三重石塔                      石仏と石塔-目次!

大慈寺 石造阿弥陀坐像

境内西側に安置されている阿弥陀坐像で、定印(上品上生)ではなく、中品上生の印を結んでいる。

 宝篋印塔-紀年順-目次

*JR鹿児島本線 「川尻駅」下車、南東方向へ徒歩 約26分。

(撮影:平成24年1月26日)