白毫寺(びゃくごうじ)(奈良県奈良市白毫寺町392)
天智天皇の第七皇子 志貴親王の山荘を寺としたと伝える。鎌倉時代に西大寺の叡尊が、江戸時代には空慶が再興している。
白毫寺(びゃくごうじ)地蔵十王石仏 (南北朝時代、花崗岩、高さ 128Cm 像高 112Cm)
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宝蔵の東側に安置されている。二重円光背を負い、別石の蓮華座上に、錫杖を持たない矢田寺型地蔵菩薩立像を厚肉彫りする |
地蔵の右手は、第二指を捻じ親指につけた阿弥陀の来迎印、左手は胸前で宝珠を持つ形。身光部に左右五体ずつ十王を浮彫にする。
地蔵 上部
白毫を大きく刻み、頭光に七条の放射光が刻まれる
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向かって左側の十王像 五体 | 向かって右側の十王像 五体 |
十王は冥界で死者の罪を裁く十人の王で、初七日に秦広王、二七日に初江王、三七日に宋帝王、四七日に伍官王、五七日に閻魔王、六七日に変成王、七七日に太山王、
百箇日に平等王、一周年に都市王、三周年に五道転輪王のところで裁きを受ける。地蔵十王石仏は、十王の裁きを受けた後、地獄から地蔵尊に救済されることを願ったもの
地蔵 蓮華座
蓮弁が縦に大きく刻まれ、別石で作られる
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白毫寺(びゃくごうじ)五輪塔、地蔵十王の南側に立つ。大和様式の複弁反花上に安置し、各輪の四方に五輪塔四門の梵字を刻む。 |
白毫寺(びゃくごうじ)地蔵十王石仏残欠 (鎌倉時代中期 文永二年 1265年、花崗岩、高さ 45Cm)
白毫寺(びゃくごうじ)地蔵十王石仏残欠
地蔵の頭・肩部分と十王像二体分を残し、裏面に「文永二年(1265)」の年号がある。近年まで、墓地にあった。
白毫寺(びゃくごうじ)(真言律宗)
秋は、参道が萩の花で覆われる。「萩の寺」として著名
*JR・近鉄 奈良駅前から奈良交通 市内循環バスに乗車、「高畑町バス停」下車 東南方向へ徒歩 約20分。又は、東山方面行バスに乗車、「白毫寺バス停」下車 東方向へ徒歩 約10分。新薬師寺より徒歩 約15分。
(撮影:平成23年3月3日)