仏教寺(ぶっきょうじ)宝篋印塔

 仏教寺(ぶっきょうじ)(岡山県久米郡久米南町仏教寺84)

   宝篋印塔は、南北朝時代前期 文和三年(1354)の在銘で、基礎の束に法華経化城喩品の偈(げ)を刻む珍しいもの。

仏教寺(ぶっきょうじ)宝篋印塔 (県指定文化財、南北朝時代前期 文和三年 1354年、花崗岩、高さ 166Cm)

塔身、蓮華座上月輪内に胎蔵界四仏の種子を刻む(南面、アン:無量寿)
本堂に向かって右手の舗装道路を登っていくと左側に立っている 塔身、蓮華座上月輪内に胎蔵界四仏の種子を刻む(西面、アク:天鼓雷音)

笠の段型は、下二段、上は通常六段だが七段ある。隅飾は二弧輪郭付で内は無地、直立する

塔身、蓮華座上月輪内に胎蔵界四仏の種子を刻む(北面、ア:宝幢)
塔身、蓮華座上月輪内に胎蔵界四仏の種子を刻む(西面、アー:開敷華王) 南北朝時代前期 文和三年(1354)の在銘作品で完存する

基礎 南面

基礎上端は複弁反花、側面は輪郭を巻き内に格狭間をつくる。束の両側に刻銘がある。但し、北面は素面。

刻銘は、東面と西面の束に法華経化城喩品の偈(げ)を刻み、南面に願主名と文和三年(1354)の紀年銘を刻む。

偈(げ):「願以此功徳(がんにしくどく)普及於一切(ふぎゅうおいっさい)」「我等興衆生(がとうよしゅじょう)皆共成仏道(かいぐじょうぶつどう)

[ 願わくばこの功徳をもって、あまねく一切に及ぼし、我等と衆生と、皆共に仏道を成ぜん ]

南面の刻銘:「文和三年(1354)甲午十月十五日」「大願主磊明(らいめい)敬白」

相輪は、下から伏鉢、請花、九輪、請花、宝珠。宝篋印塔は、基礎に法華経化城喩品の偈(げ)、塔身に胎蔵界四仏の種子を刻む珍しいもの

基礎 北面

北面のみ素面で刻銘もない

基礎上端 複弁反花の作りや塔身種子の浅い彫りが南北朝的 刻銘:「文和三年(1354)甲午十月十五日」

仏教寺 本堂(高野山 真言宗)

仏教寺は、奈良時代中期 和銅三年(710)喜恵上人により開山され肩野部長者によって建立された。

 土居(どい)二尊板碑                                 石仏と石塔-目次!

仏教寺 仁王門

金剛力士像(県文)は収蔵庫にあるが、阿形像に鎌倉時代中期 建長元年(1249)の墨書が発見されている

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*JR津山線 「弓削駅」 下車、南西方向へ直線距離で約2Km。仏教寺集落への長い山道を登る。

(撮影:平成23年7月18日)