土居(どい)二尊板碑

 土居(どい)二尊板碑(岡山県高梁市有漢町土居字正尺)

   板碑は、鎌倉時代後期 嘉元四年(1306)の銘があり、優れた彫出技法と造立時期から保月石造物の一連の作者、井野行恒の作とみられている。

土居(どい)二尊板碑(県指定文化財、鎌倉時代後期 嘉元四年 1306年、花崗岩、高さ 98Cm)

頭部山形、下に二条線、額部は突出する。身部は上方を彫りこみ、発遣の釈迦如来と来迎の阿弥陀如来を刻み、下方に三行の銘文を刻む

板碑寸法: 高さ 98Cm、上幅 26Cm 下幅 32Cm、 上部厚さ 8Cm 下部厚さ 12~14Cm

板碑 頭部

頭部山形、下に二条線、額部は突出する

二尊は、右側に発遣(はっけん:現世から来世へ送る)の釈迦如来と左側に極楽浄土へ迎え入れる来迎阿弥陀如来が半肉に彫られている

板碑 下方の刻銘

刻銘:「右志者、為父忌十三年」「見在長為母也」「嘉元四年(1306)八月時正」

板碑は、亡き父の十三回忌を弔うとともに、現在長らえたる母の息災を願って、鎌倉時代後期 嘉元四年(1306)の秋、彼岸の中日に造立した。願主名はない。

来迎(らいごう) 阿弥陀如来立像 発遣(はっけん) 釈迦如来立像

遣迎(けんげい)二尊板碑

  秋庭氏(あきばし)供養碑

秋庭氏(あきばし)供養碑(市指定文化財、江戸時代中期 元禄十六年 1703年、花崗岩、高さ 148Cm)

秋庭重種、重政親子が元禄十六年(1703)に先祖の供養と子孫の繁栄を願って建てた供養碑。二尊板碑の左側に立っている。

 保月三尊板碑(ほづきさんぞんいたび)                      石仏と石塔-目次!

土居(どい)二尊板碑

コンクリートブロックの覆屋の内に安置されている

 板碑(いたび)

*JR伯備線 備中高梁駅前の高梁バスセンターから備北バス 川関方面行に乗車、「土居バス停」下車、南西方向へ徒歩 約3分。土居バス停からバス道を約200m戻った三差路の左手側、一段高くなった小墓地の覆屋内に安置されている。

(撮影:平成23年9月12日)