富貴寺(ふきじ)六面石幢

 富貴寺(ふきじ)[大分県豊後高田市田染(たしぶ)蕗2395]

   富貴寺入口、石段の西側に板碑・石殿と一緒に立っている。民間信仰の盛んであった室町時代の作とされる。

富貴寺(ふきじ)六面石幢 (室町時代、凝灰岩、高さ 215Cm)

請花・宝珠、一石からなり、間に溝状の線を彫る
笠と龕部が六角、中台と幢身が円形で、基礎が方形の石幢 龕部、六面に六地蔵立像を半肉彫りする

六角形で、軒裏に垂木型、上端に露盤をつくる

中台、円形で側面に単弁の蓮弁を刻む
基礎、方形で、中心に竿(さお)受けの円形座をつくる 幢身、円柱状で節はなく、短い

 富貴寺(ふきじ)石造宝塔

  国東塔の裏側に多数ある石造遺品の一つで、格狭間の形が美しい。

富貴寺(ふきじ)石造宝塔

基礎側面は、輪郭を巻き内に格狭間を作る。上端の反花座と一石。塔身は、球形に近く上端に首部を作る。

笠はなだらかに反り、上端に側面一区格狭間の露盤、下端に一重の垂木型を刻出する。相輪は、請花・宝珠を載せる。

 富貴寺(ふきじ)庚申塔(青面金剛碑)・弁財天石室

  庚申塔は寺院入口にある石殿(東殿)の横に立ち、弁財天石室は境内 国東塔の横に安置されている。

富貴寺庚申塔(江戸時代中期 享保十五年 1730年、高さ 160Cm) 富貴寺弁財天石室(江戸時代中期 正徳六年 1716年、高さ 156Cm)

庚申塔(青面金剛碑)は、宝珠が別物。身部の向かって右面に「享保十五(1730)庚戌天、十月廿五日講中」の刻銘が大きく刻まれている

弁財天石室は、軸部に部屋を設け、右手に剣、左手に宝珠を持つ弁財天石像を安置する。屋根は切妻造で、屋根裏に垂木を細かく刻出する。

また、基礎側面は、輪郭を巻き内に波紋と鷺を刻む。「正徳六(1716)丙申、六月吉祥日、奉造立弁財天石社一宇」の刻銘がある。

富貴寺(ふきじ)仁王門

仁王石像(高さ 約200Cm)は、江戸時代中期の作と伝える

 其ノ田(そのた)阿弥陀三尊種子板碑                       石仏と石塔-目次!

富貴寺(ふきじ)大堂(阿弥陀堂)国宝、平安時代後期、桁行 三間 梁間 四間、宝形造、本瓦葺(行基葺

九州最古の建築といわれる。堂内、内陣後壁に浄土変相図、四壁に五十仏、四天柱に胎蔵界曼荼羅の中心部尊像が描かれている

 石 幢 (せきどう)

*かっては宇佐駅からの便があったが、今は廃線になっている。公共交通としては、JR大分駅前・別府駅前・宇佐駅前(同じバス)から大分交通バスの「国東半島史跡めぐり」という定期観光バスの便があるが、1日コースのツアーになり自由に時間をとれない。少し距離はあるが 頑張って、宇佐神宮前の「宇佐観光協会」で電動レンタサイクルを借りて回るという手もある。

(撮影:平成23年3月16日)