開成皇子(かいじょうおうじ)墓 宝篋印塔

 開成皇子(かいじょうおうじ)墓 宝篋印塔(大阪府箕面市箕面)

  開成皇子(天応元年:781年 没)は、光仁天皇の皇子で、勝尾寺の前身「弥勒寺」を開創した。墓の中央に立つ宝篋印塔は、鎌倉時代後期の作品。

開成皇子(かいじょうおうじ)墓 宝篋印塔(鎌倉時代後期 元亨四年 1324年、花崗岩)

塔身、月輪内に金剛界四仏の種子を刻む(正面、ウーン:阿閦如来)
勝尾寺裏 最勝ヶ峰山頂 「開成皇子墓」の中央に立っている 塔身、月輪内に金剛界四仏の種子を刻む(南面、タラーク:宝生如来)

笠の段型は、下二段、上七段、隅飾は二弧輪郭付で内は無地、やや外傾する

塔身、月輪内に金剛界四仏の種子を刻む(背面、キリーク:阿弥陀如来)
塔身、月輪内に金剛界四仏の種子を刻む(北面、アク:不空成就如来) 墓は、「開成(かいじょう)皇子墓」として、宮内庁の管理となっている

基 礎

上端は二段、側面は四面とも輪郭を巻き内に格狭間をつくる。格狭間内正面に「開成」、南面に「皇子」と大きく刻む。

相輪は下から、背がやや高い伏鉢、請花、九輪、請花、宝珠で、九輪はやや太く上に逓減する。鎌倉時代後期 元亨四年(1324)の在銘塔

基 礎 北 面

格狭間内中央に「元亨四(1324)、左右に「五(月)」、「十八(日)の刻銘がある。基礎は、高さ 45Cm、幅 約45Cm。

基 壇

石積みされ、上部は切石の枠で整えられている。

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開成皇子(かいじょうおうじ)墓

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*地下鉄「千里中央駅」または阪急「北千里駅」下車。阪急バス 54系統北摂霊園・希望ヶ丘四丁目行き乗車、「勝尾寺」下車。勝尾寺から、裏の最勝ヶ峰山頂へ。墓の周りは石枠で囲まれている。写真は、墓外から望遠レンズで撮った。

(撮影:平成23年5月9日)