玉蓮寺(ぎょくれんじ)釈迦一尊種子板碑

 玉蓮寺(ぎょくれんじ)(埼玉県本庄市児玉町児玉203)

  板碑は鎌倉時代後期 嘉元二年(1304)の在銘で、畠山重忠(元久二年 1205年 没)の百年忌にあたって造立された。

玉蓮寺(ぎょくれんじ)釈迦一尊種子板碑(市指定文化財、鎌倉時代後期 嘉元二年 1304年、緑泥片岩、高さ 240Cm 下幅 53Cm)

本堂の右手奥、墓地入口に立っている。身部上方、三弁宝珠の下に釈迦如来の種子、下方は三段に法華経の偈、願文、紀年銘を配する

板碑 頂部

頭部山形の先端を破損、下に二段の切込、身部は一重線の輪郭を巻く

三弁宝珠の下、蓮華座上に釈迦如来の種子「バク」を刻む 身部下方、法華経の偈(げ)、願文、紀年銘を三段に配する

身部 法華経方便品の偈(げ)

偈(げ):「化一切衆生(けいっさいしゅじょう)、界令入仏道(かいりょうにゅうぶつどう)

[一切の衆生を化(け)して、皆、仏道に入らしむ]

願文 (中段)

願文:「右千部法花読誦者為地主、能宗成阿等四人志亡魂幷」「在家出家同心合力所乃至、法界平等利益皆成仏道也」

[千部法花経読誦の供養塔で、地主の能宗・成阿など四人、亡くなった人の志の為、併せて、在家・出家者が同心合力して、法界平等利益、皆成仏道することを志す]

板碑 下部

紀年銘:「嘉元二年(1304)十・・・・、一結・・・・、・・・・、六十・・・・」

鎌倉時代後期 嘉元二年(1304)十月に一結衆 六十数人により造立されたものと思われる。

三弁宝珠の釈迦如来種子が印象的 板碑 側・背面

三弁宝珠の釈迦如来種子板碑は、時代が下るが、野上下郷(のがみしもごう)の最大板碑(南北朝時代 応安二年 1369)がある

 玉蓮寺(ぎょくれんじ)元徳二年銘板碑(断碑)                   石仏と石塔-目次!

玉蓮寺(ぎょくれんじ)本堂 (日蓮宗)

 板碑(いたび)

*JR八高線 「児玉駅」下車、南方向へ徒歩 約9分。

(撮影:平成23年11月1日)