浄土寺(じょうどじ)(千葉県香取市大戸川 35)
中央に阿弥陀如来の種子を二基刻む下総型双式板碑で、周囲に十三仏の種子を刻む。南北朝時代後期 至徳三年(1386)の紀年銘がある。
浄土寺(じょうどじ)十三仏種子板碑 (南北朝時代後期 至徳三年 1386年、黒雲母片岩、高さ 95Cm)
鐘楼の奥に並んで安置する板碑群、向かって右から二基目の板碑。方形の黒雲母片岩の前面に、区画をつくり阿弥陀の種子を二基大きく刻む |
板碑 中央部
中央は二区で、夫々輪郭内に、瓔珞のついた天蓋の下、蓮華座上に阿弥陀如来の種子「キリーク」を薬研彫する
上方、区画内の種子
上方の二重輪郭内、向かって右から、胎蔵界大日「アーク」、五点具足の金剛界大日「バーンク」、五点具足の胎蔵界大日「アーンク」の種子を刻む
身部、向かって左側、枠内の五仏 | 身部、向かって右側、枠内の五仏 |
身部向かって右側:下から、不動「カーン」、文殊「マン」、地蔵「カ」、薬師「バイ」、勢至「サク」を蓮華座上に刻む。
身部向かって左側:下から、釈迦「バク」、普賢「アン」、弥勒「ユ」、観音「サ」、口(欠)を蓮華座上に刻む。・・・・・・
十三仏は、死者の追善供養のために初七日(不動)、二七日(釈迦)、三七日(文殊)、四七日(普賢)、五七日(地蔵)、六七日(弥勒)、七七日(薬師)
、百ヶ日(観音)、一周忌(勢至)、三回忌(阿弥陀)、七回忌(阿閦)、十三回忌(大日)、三十三回忌(虚空蔵)の十三仏事にわりあてられた仏・菩薩をいう。
ここでは、七回忌(阿閦)、十三回忌(大日)、三十三回忌(虚空蔵)を胎蔵界大日、五点具足の金剛界大日、五点具足の胎蔵界大日としている。尚、左側の最上部の
欠損する場所の種子は、上記配列から三回忌(阿弥陀:キリーク)とわかる。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
板碑 下部
刻銘:「夫以石仏奉造立志趣者、為両部秘奥之宮殿、十方口口之形像也、然間浄一禅門幷妙禅尼、逆修七分全得、或現世安穏、
後生善所、無疑出口口生頓證菩提、乃至阿鼻有口、鉄囲砂界、利益平均、願主敬白、至徳三秊(1386)、大才、丙寅、八月卅日」
夫 浄一と妻 妙蓮の逆修供養碑として南北朝時代後期 至徳三年(1386)に造立された。文面に、逆修七分全得の文字が刻まれている。
「七分全得(しちぶんぜんとく)」とは、死者の追善供養をした場合、供養した人が受け取る福は、福を七分として六分を受け、一分は死者が受ける。自分の為に
逆修供養をすれば、死者の一分も受け取ることができる。すなわち「七分全得」となる。死後に修される初七日・二七日・三七日・四七日・五七日・六七日・七七日
の法事をふまえて福の100%を七分としたと思われる。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
刻銘:「至徳三秊(1386)、大才、丙寅、八月卅日」 | 刻銘:「幷妙禅尼逆修七分、全得或現世安穏後生」 |
板碑群 向かって右側三基
向かって右端は、文永八年(1271)銘阿弥陀種子板碑で、左端が永仁六年銘(1298) 大日・阿弥陀二尊種子板碑
浄土寺(じょうどじ)大日・阿弥陀二尊種子板碑 石仏と石塔-目次!
浄土寺(じょうどじ)(浄土宗)
*JR成田線 「大戸駅」下車、北西方向へ徒歩 約5分。
(撮影:平成23年11月3日)