天野山金剛寺(こんごうじ)多宝塔(河内長野市天野町996)

  女人高野と呼ばれる真言宗御室派の大本山、弘法大師修行の道場といわれた。新西国三十三ヶ所、第七番札所

金剛寺多宝塔(重要文化財、平安時代末建立 桃山時代大改修、こけら葺、高さ 17.1m)


上重、四手先組物、軒は二軒繁垂木

下重、組物は出組、軒は二軒繁垂木

金剛寺は聖武天皇の勅願により、行基が天平年間(729〜749)に開創したと伝えられる。弘法大師もこの地で修行している

塔は、擬宝珠高欄を付した縁をめぐらし、中央間板唐戸、脇間連子窓、中備えは三間とも桃山風の蟇股をおく


上重の四手先組物。四隅には風鐸がつく

上重、尾垂木の上に邪鬼が乗り、軒を支える

相輪(写真:右)は、鋳鉄製、九輪の上に四葉(連弁が四弁)が一段あり、その上に竜車・宝珠を置く珍しい形式

多宝塔の内部は、四天柱があり来迎壁を設け、須弥壇を置き大日如来を安置する


下重、桃山風の蟇股(花の木彫)

擬宝珠に慶長十一年(1606)豊臣秀頼建立の銘がある

平安時代末に高野山の阿観僧正が後白河法皇とその妹八条院の帰依を受け再興した。女人高野と呼ばれる

多宝塔は、平安時代末の建立で、慶長十一年から十二年(1606〜1607)にかけて大改修された

南北朝時代初期から南朝方の祈願所になり、天野行宮と呼ばれるようになった

金剛寺楼門(重要文化財、鎌倉時代後期) 鐘楼(しゅろう)(重要文化財、南北朝時代)

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天野殿(食堂)(重要文化財、室町時代)

金堂(重要文化財、鎌倉時代 元応二年 1320年)
    開山堂に石造塔が二基奉られていた(写真:左)

*南海電車または近鉄電車「河内長野駅」下車、南海バスにて「天野山」下車、1分。宝物殿、庭園、北朝御座所拝観は大人400円(AM9:00〜PM16:30)

(平成16年11月3日・平成18年1月13日撮影)